東京家庭裁判所 昭和48年(少イ)15号 決定 1973年10月29日
被告人 久保田英和(昭和二一・一〇・一生)
主文
被告人を懲役参月に処する。
但し、本裁判確定の日から壱年間右刑の執行を猶予する。
訴訟費用は全部被告人の負担とする。
本件公訴事実中被告人が職業安定法第四十四条に違反する罪を犯したとの点についての公訴はこれを棄却する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は肩書住居においてキングアート企画と称する芸能事務所を設け、事属バンドを抱えてこれをキャバレー等に供給する事業を営んでいるものであるが、法定の除外事由がないのに、昭和四十七年四月五日頃、D・M子(昭和二十九年九月二十六日生)が十八歳未満の児童なることを確認することなく、ゴーゴーガールの踊子としてキャバレー等に出演させる目的で雇入れ、右同日頃から昭和四十七年八月三十一日頃迄の間、東京都豊島区○○○×丁目×××番×号所在のキャバレー「○○クラブ」他二十二個所に派遣して前後五十四回に亘り、不特定多数の酒客の面前で順次着衣を脱ぎ去つて上半身裸となり、乳房を露出して踊る俗にトップレスゴーゴーーショウとして出演させ、以て児童の心身に有害な影響を与える行為をさせる目的で右児童を自己の支配下に置いたものである。
(証拠の標目) 編略
(弁護人の主張に対する判断)
弁護人は被告人に対する本件公訴事実中児童福祉法違反の点につき、先ず、被告人はD・M子がキングアート企画に就職する際に同女の年齢が十八歳以上であると信じていたもので、そのように信じたことにつき被告人に過失はないから無罪であると主張するけれども、被告人が単に右M子本人の供述や外観的発育状況によつて児童ではないと判断したとしても、客観的な資料として戸籍謄本の取寄せ、若しくは父兄等について正確な調査を講じた形跡の認められない本件において、被告人に過失がなかつたとは言い得ず、被告人がD・M子を雇入れる以前から同人と交遊関係があつたというような事情は右の解釈を左右するものとは思料できないから、所論は理由がないものといわなければならない。次に弁護人は被告人の本件行為は「正当な雇用関係」に基づくものであるから無罪であると主張するが、証人D・M子の当公判廷における供述並びに、同人の検察官に対する供述調書中の記載を総合すると、同人は被告人から雇入れられる際に格別に書面による契約を締結したものではなく、又右契約の締結に当り親権者の同意を得ていないことが窺われるからこの点に関する所論も亦採用できない。
(法令の適用)
法律に照すに被告人の判示所為は児童福祉法第三十四条第一項第九号、第六十条第二項、罰金等臨時措置法第二条、第四条(昭和四十七年法律第六十一号による改正前後にまたがる行為ではあるが新法のみを適用)に該当するので所定刑中懲役刑を選択し、所定刑期の範囲内で被告人を懲役三月に処し、情状により刑法第二十五条第一項第一号を適用して本裁判確定の日から一年間右刑の執行を猶予すべく、訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条第一項本文に則り全部被告人に負担させることとする。
(一部公訴棄却の理由)
被告人に対する本件公訴事実中には職業安定法第四十四条違反の罪も包含されているのであるが、少年法第三十七条第二項に依ればこの罪は本件において前記認定の児童福祉法違反の罪と刑法第五十四条第一項に規定する関係にあつて後者の罪の刑を以て処断すべき時に限り家庭裁判所に公訴を提起しなければならないものであるから、本件において右二個の罪が左様な関係にあるものであるか否かについて以下に検討を加えることとする。
被告人が児童の心身に有害な影響を与える行為をさせる目的を以てこれを自己の支配下に置く行為と、該児童をキャバレーの踊子としてこれに供給する労働者供給事業を行なうことは、いずれも犯罪構成事件を別個にする二個の行為であつて、仮に供給事業のうちに供給のための準備を含むものとして、これと児童を支配下に置くこととの間に行為が一部重なり合うものとしても、この二つの行為の関係が刑法第五十四条第一項前段所定のいわゆる一所為数法の場合に当らないことは明らかであるから、問題は同項後段の牽連犯の関係の有無に帰着する。被告人が児童をキャバレーに出演させる目的で自己の支配下に置いたことの認められる本件においては問題の二つの罪の間には、成程主観的に牽連関係が存在するものの如くではあるが、牽連犯が成立するためには二つ以上の罪の間に犯罪の性質上一方が他方の手段として普通に用いられ、或いは通常の社会的経験上一方が他方の犯罪から生ずる当然の結果であるというが如き関係の存する場合であるとするのが通説、判例であるところ、本件公訴にかかる二個の罪の間に左様な関係が存するとは認め難いから、被告人に対する職業安定法違反の点についての公訴はこれを家庭裁判所に提起すべからざるものというべく、刑事訴訟法第三百三十八条第四号に則りこれを棄却することとする。
よつて主文のとおり判決する。
(裁判官 沼尻芳孝)